世俗 せぞく
日常語になった神学
原語
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ラテン語
saeculum
一世代ぶんの長さ。人の一生ぶんの時間。そこから「時代」「この世」
語源には争いがあり、「代々を結びつけるもの」という印欧祖語の語根に遡らせる説がある
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ラテン語
saecularis
その時代の。この世の
saeculum から作られた形容詞。教会ラテン語では「永遠に対する、今この世の」を指すようになった
「世俗」のもとの語は、時間の語です。ラテン語 saeculum は「一世代ぶんの長さ」、そこから「時代」。これが「永遠」の対義語として使われるうちに、「聖」に対する「俗」になりました。
もとは時間の単位だった
saeculum は「一世代ぶんの長さ」。人が生まれてから死ぬまでの幅です。ローマにはこの区切りで催す祭りがありました。ludi saeculares、日本語では「世紀祭」。ある saeculum が終わり、次が始まるのを祝う行事で、確実な最初の記録は前249年の開催とされます。前17年にはアウグストゥスが大がかりに復興し、詩人ホラティウスがそのための歌を書きました。このとき saeculum の長さは110年とされています。
「永遠」の反対語になる
キリスト教のラテン語で、この語の重心が動きます。教父たちは saeculum を「今この世」の意味で使い、来たるべき世・永遠のいのちと対にしました。時間の長い短いではなく、「終わりのあるこちら側」と「終わりのない向こう側」の対比です。ここで saecularis は「この世の・移ろう」を指すようになり、宗教的なものの外側を表す語へ動いていきます。
教会のなかでは、この語は今も制度用語として生きています。カトリックの聖職者は、大きく二つに分かれます。修道会の会則(regula)に従って共同生活を送る「修道司祭(regular clergy)」と、教区に属して人々のあいだで働く「教区司祭(secular clergy)」。後者は日本語で「在俗司祭」とも呼ばれます。ここでの secular は「俗世間の側で働く」という職務上の区別で、信仰が薄いという意味ではありません。
「世俗化」は、もとは財産を動かす言葉だった
secularization(世俗化)は、はじめ法律の用語でした。修道士が誓願を解かれて教区司祭になること——身分が saecularis の側へ移ること——を指す、教会法の語です。そこから、教会の所有だった土地や財産が世俗の権力の手に移ることを指すようになります。この意味での早い用例として、1640年代のウェストファリア条約に至る交渉が挙げられます。制度としての大規模な世俗化は、1803年のドイツで起きました。帝国代表者会議主要決議です。ライン川西岸をフランスに取られた諸侯を補償するため、司教領や修道院領がまとめて世俗の領邦に編入されました。多くの司教領が消え、多数の帝国都市も廃止されています。神聖ローマ帝国が1806年に解体する直前の、最後の大きな立法でした。
意味の変遷
- 古代ローマ saeculum は「一世代ぶんの長さ」。この区切りで世紀祭(ludi saeculares)が催された
- 前17年 アウグストゥスが世紀祭を復興。saeculum の長さは110年とされた
- 古代教会 教父たちが saeculum を「今この世」の意味で使い、永遠と対にする。saecularis が「この世の」を指すようになる
- 1640年代 ウェストファリア条約に至る交渉で、教会領を世俗の権力に移すことを「世俗化」と呼ぶ用法が現れる
- 1803年 ドイツで帝国代表者会議主要決議。教会領の領邦がまとめて世俗の領邦に編入される
日本語での使われ方
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「世俗的な関心」
金や地位など、この世のことがら
ズレ 「聖」に対する「俗」という対比が、そのまま入っている。「世俗」という漢語は聖書の翻訳より前から日本語にあり、『和漢朗詠集』にも用例がある
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「世俗を離れる」
世間のわずらわしさから距離を置く
ズレ ラテン語 saeculum の「この世」と重なる。ただし原語には時間の意味が芯にあり、「今この時代」という含みは日本語に残らなかった
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「世俗国家」「政教分離」
国家が特定の宗教と結びつかない体制
ズレ 近代政治の用語。もとの「一世代ぶんの長さ」からは最も遠い。同じ語が、時間・この世・非宗教という三段階を通ってきた
英語での使われ方
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secular trend / secular stagnation
数十年におよぶ長期の趨勢。長期停滞
ズレ 原義の「一世代ぶんの長さ」がそのまま残っている用法。宗教とはまったく関係がない
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secular music
礼拝で用いない音楽。世俗音楽
ズレ 「聖」の対義語としての用法。中世やルネサンスの音楽史では今も使う区分
よくある誤解
「世俗」は、宗教の反対語だ
もとは時間の語で、「聖」の反対語になったのは後からです
saeculum が最初に指したのは「一世代ぶんの長さ」でした。これが「永遠」と対にされたときに、「終わりのあるこちら側」という意味が生まれます。反対語だったのは「宗教」ではなく「永遠」のほうです。だから経済で使う secular trend(長期趨勢)のように、時間の意味だけを引き継いだ用法が、今も並んで生きているのです。
まとめ
- 直訳は「一世代ぶんの長さ」。ローマではこの区切りで世紀祭が催された。もとは時間の語
- キリスト教のラテン語で「永遠」と対にされ、「今この世の」を指すようになった。「聖」の対義語になるのは、その先の話
- 「世俗化」ははじめ法律用語で、修道士の身分変更や教会財産の移転を指した。社会が宗教から離れるという理論用語は、あとから重なったもの