一覧に戻る

黙示・アポカリプス もくし・あぽかりぷす

日常語になった神学

原語

  • 古典ギリシア語 ἀποκάλυψις

    apokalypsis

    覆いを取ること

    apo-(離して)+ kalyptein(覆う・隠す)。動詞は apokalyptein

  • ラテン語

    revelatio

    覆いを取り去ること

    re-(元に戻す)+ velum(覆い・幕)。ギリシア語を部品ごとに置き換えたラテン語訳

「アポカリプス」の原義は「覆いを取ること」です。破滅ではなく、隠れていたものが見えるようになる、という開示の言葉でした。今の「世界の終わり」という意味は、ヨハネの黙示録という書名から逆流してできた、かなり新しいものです。

「覆いを取る」という動作

ギリシア語 apokalypsis は、apo-(離して)と kalyptein(覆う)からできています。布をはがす、幕を取る、という動作の名詞形。終わりも破滅も、部品のどこにも入っていません。

新約聖書の中でも、この語は「示されること」の意味で使われます。ガラテヤの信徒への手紙1章12節で、パウロは自分の受けた福音について「イエス・キリストの啓示によって知らされた」と書いています。新共同訳はここを「啓示」と訳しています。書名の「黙示」と同じ語です。ちなみに日本語の「黙示」は、言葉に出さずに示すこと。訳語が二つに分かれたせいで、書名のほうだけが特別な響きを持つことになりました。

ヨハネの黙示録は、この語で始まります。冒頭の一語が apokalypsis で、それがそのまま書名になりました。英語圏では1230年ごろに Apocalypse という書名が現れ、1380年ごろのウィクリフ訳が Revelation を採ります。ラテン語 revelatio も velum(覆い)を取り去るという意味なので、ここまではどの言語でも意味は「覆いを取る」のままです。

破滅の意味は、どこから来たか

中身のほうが語を引っぱりました。ヨハネの黙示録が描くのは、獣、災い、審判、都市の崩壊。強烈な幻の連続です。書名がこの本の代名詞になるにつれ、本の中身が語の意味になっていきました。英語の apocalypse に「世界の破滅」という意味が定着するのは1940年ごろ。「大惨事」一般を指す広い使い方はもっと新しく、1989年刊の OED 第2版にはまだ載っていません。日本語の「アポカリプス」「黙示録的」は、この新しいほうの意味だけを輸入した形です。

学術用語としての整理は、意味が転ぶ前に済んでいます。1832年、ドイツの神学者フリードリヒ・リュッケ(1791〜1855)が、ヨハネの黙示録の序説として書いた本の中で「黙示文学」という枠を立てました。幻を見る、天使が解説役として出てくる、著者名を過去の人物に借りる。同じ形式を持つ文書群をまとめて呼ぶための言葉です。

意味の変遷

  1. 前2世紀ごろ以降 幻を通して隠されたことが示される、という形式の文書が書かれる。ダニエル書などが代表として挙げられる
  2. 1世紀の終わりごろ ヨハネの黙示録が書かれる(この時期とする見方が有力)。冒頭の一語 apokalypsis が、そのまま書名になる
  3. 1380年ごろ ウィクリフの英訳が書名を Revelation とする。ラテン語 revelatio と同じく「覆いを取る」の意味を保っている
  4. 1832年 リュッケが「黙示文学」を学術用語として立てる
  5. 1940年ごろ 英語 apocalypse に「世界の破滅」の意味が定着する

今の使われ方

  • ゾンビ・アポカリプス

    文明が崩壊した世界を舞台にする創作のジャンル名

    ズレ 原義は「覆いを取る」。示すという要素はもう残っていない。ジャンル名としての用法は20世紀後半以降のもの

  • 黙示録的な光景だった

    この世の終わりのような荒廃

    ズレ 書物の中身(滅びの幻)が、そのまま語の意味になった例。原語に荒廃の意味はない

  • 「啓示を受けた」と「黙示録」

    「啓示」は真理が示されること、「黙示録」は破滅の書、という別々の語感

    ズレ 日本語訳は同じギリシア語を2通りに訳し分けた。もとは同じ一語で、意味は「覆いを取る」だけだった

よくある誤解

「アポカリプス」は「世界の終わり」という意味だ

語そのものの意味は「覆いを取ること」で、終わりも破滅も入っていません

ヨハネの黙示録の冒頭の一語がこの語で、それが書名になりました。その本の描く幻が強烈だったため、書名のイメージが語の意味を上書きした。英語でこの意味が定着したのは20世紀で、語の歴史のうえではごく最近の変化です。

まとめ

  • 原義は「覆いを取ること」。開示の言葉であって、破滅の言葉ではなかった
  • ヨハネの黙示録の冒頭の一語がそのまま書名になり、本の中身のイメージが語の意味を上書きした
  • 英語で「世界の破滅」の意味が定着するのは1940年ごろ。日本語の「アポカリプス」は、この新しい意味のほうを輸入している

出典

内容確認日: 2026-07-26