告白 こくはく
日常語になった神学
原語
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ラテン語 confessio
confessio
認めて、はっきり言い表すこと
con-(すっかり・強めの接頭辞)+ fateri(認める・言う)。fari(語る)と同じ系統の語で、「言う」が芯にある
「信仰告白」と「罪の告白」は、もとは同じ一語です。ラテン語 confessio の直訳は「認めて、はっきり言い表すこと」。何を言い表すかは語のほうに入っていません。だから信仰にも、罪にも、同じ語が使えました。
何を言い表すかは、語に入っていない
confessio は、動詞 fateri(認める・言う)に、強めの接頭辞 con- が付いた形です。直訳は「認めて、はっきり言い表すこと」。ここには「罪を」も「信仰を」も入っていません。目的語が空いているのです。だから新約聖書では、両方にこの系統の語が使われます。ローマの信徒への手紙10章9-10節は「口でイエスは主であると公に言い表す」ほう。ヨハネの手紙一1章9節は「自分の罪を言い表す」ほうです。
この語から作られた confessor が、まず指したのは意外な人です。迫害のなかで自分の信仰を言い表し、それでも殺されずに生き延びた人。殺された人のほうは martyr(証人)と呼ばれました。つまり初期の「告白」は、公開の場での、命の懸かった発言です。相手は神でも司祭でもなく、目の前の権力でした。アウグスティヌスが自伝的な作品につけた題も、この一語です。
一覧表になり、義務になる
罪の告白を、誰に、どう言うのか。新約聖書のヤコブの手紙5章16節は「互いに罪を告白しなさい」と書きます。相手は「互い」で、専門職は出てきません。古代の教会には、罪を公に言い表す形もありました。1913年のカトリック百科事典も、公開の告白があったこと自体は認めています。ただし、それは命じられたものではなかった、という立場です。
形が大きく変わるのは、アイルランドの修道院で作られた文書によってです。同じカトリック百科事典は、コルンバヌス(615年没)やクミアンらが、それぞれの罪に定められた償いを書き並べた本を作り、告白者に問う項目まで用意した、と書いています。罪の一覧と、償いの一覧が対になった表です。これが大陸へ広まりました。ここで告白は、一生に関わる出来事から、繰り返し受けられる手続きへ移っていきます。
そして1215年、第4ラテラノ公会議の第21条が義務にしました。分別のつく年齢に達した信者は男女を問わず、少なくとも年に一度、自分の教区司祭にすべての罪を告白すること。復活祭には聖体を受けること。同じ条文には、告白で知った罪を漏らした司祭への罰も書いてあります。聖職を解いたうえで、厳格な修道院に送り、生涯そこで償わせる。秘密を守ることが、この時点で法になったわけです。
教派による違い
- カトリック カトリックは、洗礼のあとに犯した重い罪を、司祭に告白して赦しを受けるものと説明してきました。1215年に年1回以上が義務となり、告白の秘密は同時に法で守られました。現在は「ゆるしの秘跡」と呼ばれます。
- 正教会 正教会にも罪の告白がありますが、置かれ方が違います。司祭と信者が並んで立ち、書見台の前で行うのが今の一般的な形だと説明されています。司祭は裁く者ではなく、神の前の証人だという整理です。どれくらいの頻度で行うかは、地域や教会によって幅があります。
- プロテスタント 1530年のアウクスブルク信仰告白第11条は、個別の赦免を教会に残すとしながら、すべての罪を数え上げる必要はないとしました。理由は「不可能だから」です。自分の過ちを自分で把握しきれるのか、という問いのほうを立てています。義務としての年1回の告白は、多くのプロテスタントで受け継がれませんでした。
意味の変遷
- 古代ローマ confessio は一般語。「認めて言うこと」。法廷でも使う
- 迫害期(2〜3世紀ごろ) confessor は「信仰を言い表し、殺されずに生き延びた人」。公開の、命の懸かった発言だった
- 6〜7世紀ごろ アイルランドの修道院で、罪ごとに償いを定めた本が作られ、大陸へ広まる
- 1215年 第4ラテラノ公会議が、年1回以上の告白を義務にする。同時に、告白の秘密を漏らした司祭への罰も定める
- 1530年ごろ 宗教改革のなかで、義務としての告白と、すべての罪を数え上げる作法が問い直される
今の使われ方
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好きな人に告白する
恋愛感情を伝えて、交際を申し込む
ズレ 日本語でとりわけ強くなった用法です。「隠していたことを、相手の前で言い切る」という形は原義のまま残っています。落ちたのは、言う相手が神や司祭だったという枠組みのほう。相手が本人になりました
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衝撃の告白
本人がこれまで公にしていなかったことを語ること
ズレ 中世の制度は秘密を守る方向へ進みましたが、こちらは公開されることに価値が置かれています。同じ語で、向きが逆になっている使い方です
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信仰告白
自分の信じるところを公に言い表すこと
ズレ 原義にいちばん近い形で残っています。ただし日常語の「告白」からは、この意味はほぼ抜け落ちました。教会の語としてだけ生き残った側です
よくある誤解
告白とは、罪や秘密を打ち明けることだ
同じ語が「信仰を言い表すこと」も指します。むしろ、そちらの用法のほうが古くから目立ちます
confessio に入っているのは「認めて言う」という動作だけで、中身は指定されていません。だから信仰にも罪にも使えました。プロテスタントの各派がまとめた文書が「信仰告白」と呼ばれるのも、アウクスブルク信仰告白の「告白」も、同じ一語です。日本語では、この二つが完全に別の言葉のように感じられます。国語辞典が「打ち明けること」と「キリスト教で信仰を表明すること」を別の語義として並べているのは、そのためです。
まとめ
- 直訳は「認めて、はっきり言い表すこと」。何を言い表すかは語に入っていないので、信仰にも罪にも同じ語が使えた
- アイルランドの修道院で罪と償いの一覧表が作られ、1215年に年1回以上の告白が義務になった。秘密を守る罰則も同時に定められた
- 日本語の「告白」は、言う相手が神や司祭から、目の前の本人へ移った用法として定着している