偶像 ぐうぞう
日常語になった神学
原語
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古典ギリシア語 εἴδωλον
eidolon
見えたもの。姿・まぼろし・似姿
eidos(見た目・かたち)から。「見る」を意味する動詞と同じ語根。見えてはいるが、そこに実体はないもの
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ラテン語
idolum
像。心に浮かぶ像も、彫られた像も
ギリシア語からの借用。教会ラテン語では「異教の神の像」に意味が絞られた
「偶像」の原語 eidolon は、「見えたもの」です。まぼろし、影、水に映った姿。実体ではなく、見かけのほうを指す語でした。日本語の「アイドル」も、英語 idol を通ってこの語から来ています。
「見えたもの」という語
eidolon は eidos(見た目・かたち)から作られた名詞です。「見る」を意味する動詞と同じ語根から出ています。ギリシア文学でこの語が指すのは、死者の亡霊、水面に映った姿、夢に現れる像。共通しているのは「見えてはいるが、そこに実体はない」という点です。哲学では eidos のほうが「形相」という重い語になりますが、eidolon は影の側を引き受けました。
この語が宗教用語になるのは、ヘブライ語聖書のギリシア語訳からです。前3〜前2世紀に作られた七十人訳で、訳者たちは他の神々の像を指すいくつかのヘブライ語を eidolon で訳しました。ここで「像」が「偽の神の像」に絞られます。ラテン語 idolum を経て、中世のうちに英語 idol へ。新約聖書でも繰り返し出てきます。使徒言行録17章16節は、アテネの町が偶像だらけだとパウロが見る場面。ヨハネの手紙一は、「偶像から身を守りなさい」という一文で終わります(5章21節)。
なぜ最大級の禁忌なのか
出エジプト記20章の十戒では、他の神々を持つなという命令のすぐ隣に、像を造るなという命令が置かれています(20章4節)。申命記5章8節にも並行する文があります。出エジプト記32章の金の子牛の話は、この禁令が破られた物語として読まれてきました。ただし、彫刻の技術そのものが問題なのか、像に向ける態度が問題なのか——この読みの違いが、のちに教派の分かれ目になります。
教派による違い
- ユダヤ教 ラビ・ユダヤ教は、他の神々への祭祀を avodah zarah(よその礼拝)と呼び、タルムードに同名の巻を置いて細かく規定してきました。焦点は像を作ることより、それを神として扱うことに置かれます。マイモニデスは、神を体を持つものとして思い描くこと自体を退けました。
- カトリック カトリックは、787年の第2ニカイア公会議の線を引き継いできました。神にのみ帰される「礼拝(ラトレイア)」と、聖人や像に向ける「敬い」を区別し、像への敬いは像を通り抜けて、描かれている当人に届くと説明します。
- 正教会 正教会も第2ニカイア公会議を受け入れ、イコンを「見る対象」ではなく「向こう側へ通す窓」として説明してきました。この線が確定するまでには、聖像をめぐる1世紀以上の論争があります。
- プロテスタント 宗教改革の一部の流れ、とくに改革派は、この区別を認めませんでした。十戒の数え方も違い、像の禁令を独立した第2戒として立てます。礼拝の場から像を取り除いた地域がある一方、ルター派のように残した地域もあります。
- イスラーム イスラームは、神に何かを並べ置くことを shirk と呼び、最も重い罪と位置づけてきました。クルアーンは、これだけは赦されないと述べています(第4章48節)。神の像を作らないだけでなく、モスクの装飾も文字と幾何学模様が中心になります。
意味の変遷
- 古代ギリシア eidolon は「見えたもの」。死者の亡霊、水面に映った姿、夢に現れる像を指す一般語
- 前3〜前2世紀ごろ 七十人訳が、他の神々の像を指すヘブライ語をこの語で訳す。「偽の神の像」に意味が絞られる
- 中世 ラテン語 idolum を経て英語 idol へ。意味は「異教の神の像」
- 787年 第2ニカイア公会議。神にのみ帰す礼拝と、像に向ける敬いを区別する線が引かれる
- 16世紀後半以降 英語に「熱狂的に慕われる人」という比喩用法が生まれる。日本語の「アイドル」は、のちにこの用法を借りたもの
「アイドル」まで
英語の idol は、16世紀の後半には比喩へ広がります。「熱狂的に慕われる人」。日本語の「アイドル」は、この英語を借りたものです。広まる大きなきっかけは、1964年公開のフランス映画『アイドルを探せ』(原題 Cherchez l'idole)でした。シルヴィ・ヴァルタンが歌った同名の主題歌が日本でヒットし、「アイドル=若い層に人気のスター」という結びつきが定着した、と説明されます。
日本語での使われ方
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「アイドルグループ」
若い層に人気のある歌手やタレント。職業のジャンル名として定着している
ズレ 英語 idol からの借用だが、英語には「そういうジャンルの芸能人」という職業名の用法はない。日本語で独自に固まった意味
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「彼は僕の偶像だった」
あこがれの的
ズレ 同じ idol を、日本語は「アイドル」と「偶像」に訳し分けた。原語 eidolon には、どちらの色も付いていない
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「偶像崇拝」
特定の人やものを、無批判に崇めること
ズレ 宗教の外へ持ち出された比喩。もとは「別の神を拝むこと」で、崇める度合いではなく相手が問題だった
英語圏での使われ方
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a pop idol / a teen idol
熱狂的に慕われている人
ズレ 16世紀後半に生まれた比喩用法。日本語の「アイドル」の直接の親にあたる
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idols of the tribe(種族のイドラ)
フランシス・ベーコンが『ノヴム・オルガヌム』(1620年)で挙げた、人間の認識に付きまとう思い込みの型
ズレ 原義の「見えているが実体ではないもの」を、そのまま知識論に転用した例。日本語では「イドラ」と音写される
まとめ
- 直訳は「見えたもの」。まぼろしや影を指す語で、七十人訳を通って「偽の神の像」に意味が絞られた
- 像の禁令をどう適用するかで、ユダヤ教・キリスト教内の各派・イスラームが分かれてきた。十戒の数え方そのものも伝統で違う
- 日本語の「アイドル」は英語 idol の借用。1964年のフランス映画『アイドルを探せ』が、広まるきっかけと説明される