エクスタシー えくすたしー
日常語になった神学
原語
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古典ギリシア語 ἔκστασις
ekstasis
自分の外に立つこと
ek(外へ)+ stasis(立つこと・立ち位置)。動詞 histemi(立つ)の系統。「いつもの自分の位置から外れて立っている」
エクスタシーの直訳は「自分の外に立つ」です。いつも自分がいる位置から、外れてしまっている状態。快楽の意味は、ずっと後から付いたものです。
「外に立つ」とはどういうことか
ek(外へ)+ stasis(立つこと)。芯にあるのは「位置がずれている」ことです。気持ちよさは入っていません。ふだんの自分がいる場所から出てしまっていれば、それが何であれ ekstasis です。
分かりやすい例が、ヘブライ語聖書のギリシア語訳(七十人訳)にあります。創世記2章21節、神がアダムに深い眠りを落とす場面。ヘブライ語の「深い眠り」を、この訳は ekstasis と訳しました。眠っているだけで、快楽もなければ神秘的な高揚もありません。それでも「ふだんの意識の位置から外れている」ので、この語があてはまるわけです。
新約聖書でも同じ使い方をします。使徒言行録10章10節では、ペトロがこの状態に入って幻を見る。22章17節では、パウロが神殿で祈っているうちに同じ状態になる。どちらも「意識がふだんの場所から外れて、そこで何かを見た」という報告です。
意味の変遷
- 古代ギリシア 「自分の外に立つ」。ふだんの位置からずれた状態を広く指す一般語
- 1世紀 使徒言行録で、幻を見る状態を指す語として使われる
- 古代末期〜中世 新プラトン主義の影響を受けた神秘思想で、魂が一時的に自分の外へ出て神と結ばれる、という説明の用語になる
- 1647〜1652年 ベルニーニが、16世紀スペインのアビラのテレサの体験を大理石の群像にする。以後この作品は、何を彫ったものかをめぐって読みが割れ続ける
- 1980年代の初めごろ 英語圏で、MDMA という薬物の通称として ecstasy が使われはじめる
快楽の意味は、あとから
16世紀スペインのアビラのテレサは、自分に起きたことを『自叙伝』に書き残しました。ベルニーニはその記述をもとに、1650年前後に、天使が矢を手にしてテレサに向かう群像を彫っています。この作品は、宗教的な体験を彫ったのか、身体的な陶酔を彫ったのかで、読みが割れてきました。エクスタシーという語に快楽の色が乗っていく道筋は、この「どちらとも読める」というところを通っています。
よくある誤解
エクスタシーは、もともと性的な快楽を指す言葉だ
直訳は「自分の外に立つ」。快楽と関係のない場面でも使われてきました
七十人訳の創世記では、神がアダムに落とす深い眠りがこの語です。使徒言行録では、幻を見ている状態。共通しているのは「ふだんの自分の位置から外れている」ことだけで、それが心地よいかどうかは語の中に入っていません。快楽はあとから乗った意味の一つです。
今の使われ方と、そのズレ
英語での使われ方
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in ecstasy(有頂天で)
強い喜びに浸っている
ズレ 「外に立つ」の含みは薄まり、喜びの強さを表す語になりました。ただし religious ecstasy(宗教的恍惚)という言い方は今も生きていて、宗教の用法が消えたわけではありません
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Ecstasy(薬物の通称)
MDMA という薬物の呼び名。1980年代初めごろから
ズレ 「自分の外に出る」ことが、薬で起こせるものとして名づけ直された形です。原義の芯はむしろ残っていて、乗っているのは「起こし方」のほうです
日本語での使われ方
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「エクスタシーを感じる」
デジタル大辞泉では、快感が絶頂に達して我を忘れた状態が第一の意味
ズレ 英語では宗教の意味と快楽の意味が並んでいますが、日本語のカタカナ語は快楽の側に寄っています。同じ辞典に宗教的な意味も載っていますが、日常でその意味で使う場面はほとんどありません
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「恍惚」「法悦」
宗教的な ekstasis を日本語で言うときの語
ズレ 英語なら1語で足りるところが、日本語では場面によって語が分かれています。宗教の文脈なら「恍惚」「法悦」、快楽の文脈なら「エクスタシー」。1語が複数に割れた形です
まとめ
- 直訳は「自分の外に立つ」。芯は位置のずれで、快いかどうかは語に含まれない
- 七十人訳では、神がアダムに落とす深い眠りがこの語。新約では幻を見る状態を指す
- 日本語のカタカナ語は快楽の側に寄り、宗教の意味は「恍惚」「法悦」が受け持っている