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免罪符 めんざいふ・しょくゆうじょう

日常語になった神学

原語

  • ラテン語 indulgentia

    indulgentia

    大目に見ること。寛大さ

    indulgere(大目に見る・思いどおりにさせる)から作られた名詞。皇帝が刑を軽くすることにも使われた、宗教の外の一般語

「免罪符」は通称で、正しくは贖宥状(しょくゆうじょう)といいます。この呼び名がすでに誤解のもとです。免除されるのは罪そのものではなく、罪が赦されたあとに残る償いのほう。カトリックの教えの内側でも、そう説明されてきました。

免除されるのは、罪ではなく償い

まず順番を押さえてください。カトリックの説明では、罪そのものの赦しは、告白と赦しの秘跡で与えられます。贖宥が扱うのは、その後です。日本のカトリック中央協議会のページは、こう書いています。「贖宥符とは、元来、ゆるしの秘跡において罪のゆるしを受けた者に課せられる償いが、教会の保証によって免除されることを記した証書」。赦しが先にあり、贖宥は後。この順序が崩れると、話がまるごと変わってしまいます。なお同協議会は「贖宥符」と書き、国語辞典は言い換えとして「贖宥状」を挙げます。表記は揺れていますが、どちらも「免罪」という言い方を避けている点は共通です。現在の『カトリック教会のカテキズム』1471番も同じ定義です。「贖宥とは、罪責がすでに赦された罪について、その有限の罰を神の前で免除すること」。1913年のカトリック百科事典は、否定の側からもっとはっきり書いています。「それは罪を犯す許可ではなく、これから犯す罪の赦しでもない。どちらもいかなる権能も与えられない。それは罪責の赦しではない。罪はすでに赦されていることを前提にしている」。つまり「買えば罪が帳消しになる」は、カトリックの教えの内側でも成り立ちません。

では、赦されたのに何が残るのか。カテキズムは、罪には二つの結果があると説明します。ひとつは神との交わりを失うこと。これは赦しとともに取り除かれる。もうひとつは、赦されたあとにも残る罰。さきほどの引用にあった「有限の罰」がこれです。永遠ではなく、いつか終わるもの、という意味でそう呼ばれます。同書はこれを、外から神が下す報復ではなく、罪そのものの性質から出てくるものだと言います。汚れが落ちきるまでの作業が残っている、というイメージに近い。この「残り」を引き受ける場所として考えられたのが煉獄でした。

寛大さが、証書になるまで

ラテン語 indulgentia は、もとは「大目に見ること・寛大さ」。皇帝が刑を軽くすることにも使う一般語でした。英語に入ったのは14世紀の半ばごろで、最初から教会の意味です。制度の骨組みができるのは中世です。カトリック百科事典によれば、1343年、教皇クレメンス6世の大勅書が「功徳の宝庫」という考え方を定めました。キリストと聖人たちの功徳が教会に託されており、そこから分け与えられる、という説明です。誰が与えられるかも決まっていきます。全免の贖宥を与えられるのは教皇だけ。司教の権限は1215年に制限されました。お金と結びついたのは、この先です。同じカトリック百科事典は二つのことを並べて書いています。ひとつ、「教義そのものは、金銭的な利益と自然的にも必然的にも結びついていない」。ふたつ、実際には「金目当ての聖職者たちによって、金銭を得る手段として用いられた」。施しを条件にする形が、やがて値札のように働いたわけです。教会がこれを断ち切るのは16世紀の後半で、1567年、教皇ピウス5世が、料金や金銭のやりとりを伴う贖宥の授与をすべて取り消しました。宗教改革が始まってから、50年後のことです。

95か条は、何に怒っていたのか

1517年の『95か条の提題』を読むと、争点が一つでないことが分かります。第27条は、当時の売り文句そのものを叩いています。「箱に金が投げ込まれてチャリンと鳴ったとたん、魂が煉獄から飛び出す、と説く者は人間を宣べ伝えている」。第21条は説教者を名指ししてこう書きます。「教皇の贖宥によって人があらゆる罰から解かれ、救われると言う贖宥の説教者たちは、誤っている」。つまりルターも、あの誤解が現場で語られていたことを前提に書いているのです。

教派による違い

  • カトリック カトリックは、贖宥を「すでに赦された罪について、残っている償いを免除するもの」と説明してきました。罪の赦しは秘跡で与えられ、贖宥はその後を扱う、という順序です。全免の贖宥には告白と聖体拝領が求められる、とも整理されてきました。金銭のやりとりを伴う授与は1567年に取り消されています。
  • プロテスタント ルターは、売り方だけでなく枠組みのほうも問い直しました。第36条は「真に悔い改めるキリスト者は、贖宥状がなくても、罰と責めの完全な免除にあずかる」。第1条は、キリストが求めたのは信じる者の生涯そのものが悔い改めであることだ、と言います。証書を数える発想から離れる方向です。宗教改革から出た諸派は、贖宥の制度を受け継ぎませんでした。

意味の変遷

  1. 古代ローマ indulgentia は一般語。「大目に見ること・寛大さ」。刑を軽くすることにも使う
  2. 14世紀の半ばごろ 英語に入る。最初から「罪の赦しのあとに残る罰の免除」という教会の意味
  3. 1343年 教皇クレメンス6世の大勅書が「功徳の宝庫」を定める。分け与える仕組みの骨組みができる
  4. 1517年 ルターが『95か条の提題』で、売り文句と枠組みの両方を問う
  5. 1567年 教皇ピウス5世が、金銭のやりとりを伴う贖宥の授与をすべて取り消す

今の使われ方

  • 残業していることを免罪符にする

    責めや批判を免れるための口実にする

    ズレ 日本語で定着した比喩です。国語辞典も「罪や責めをまぬがれるためのもの」を第2の語義に載せています。ただし原義で免除されるのは罪ではなく償いのほう。日本語では「免罪」という訳語のほうが比喩になりました

  • self-indulgent(英語)

    自分を甘やかしている

    ズレ 英語では「大目に見る」という原義のほうが日常語に残りました。この意味は17世紀の前半ごろから広がります。教会用語としての意味も並行して生きている、二本立ての語です

  • a little indulgence(英語)

    自分へのちょっとしたごほうび。小さなぜいたく

    ズレ 「甘やかす」の対象が自分になった形。罰も罪も出てきません。同じ語が、日本語では言い訳の意味、英語ではぜいたくの意味へ、別方向に転がりました

よくある誤解

免罪符を買えば、罪が赦された

赦されるのは罪ではなく、罪が赦されたあとに残る償いの部分です。しかも罪の赦しのほうは、先に告白によって受けている必要がありました

この区別は後世の弁護ではありません。1913年のカトリック百科事典が「罪責の赦しではない。罪はすでに赦されていることを前提にしている」と書き、現在のカテキズムも同じ定義を保っています。加えて、これから犯す罪への許可でもありません。ただし、この区別が現場で守られていたかは別の問題です。ルターの第21条が叩いているのは、まさに「あらゆる罰から解かれる」と説く説教者たちでした。教えの内容と、売られ方は、分けて見る必要があります。

まとめ

  • 正しくは贖宥状。免除されるのは罪ではなく、罪が赦されたあとに残る償い。罪の赦しは先に告白で受けているのが前提だった
  • 1343年に「功徳の宝庫」の考え方が定められ、施しと結びついて売られるようになった。金銭を伴う授与は1567年に取り消された
  • 誤解は後世の作り話ではなく、当時から流布していた。ルター自身が「あらゆる罰から解かれると説く者は誤っている」と書いている

出典

内容確認日: 2026-07-26