煉獄 れんごく
日常語になった神学
原語
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ラテン語 purgatorium
purgatorium
清めるためのもの。清める場所
purgare(清める)= purus(きれいな)+ agere(する・動かす)。その形容詞 purgatorius(清める働きのある)から、中世ラテン語で名詞 purgatorium が作られた
煉獄は、天国と地獄のあいだに作られた第三の場所です。地獄と違って、出口があります。ここにいるとされたのは、行き先は天国と決まっているのに、まだ清めが済んでいない人たち。「残りをどこで済ませるか」という問いへの答えでした。
行き先が決まっている人のための、途中の場所
1913年のカトリック百科事典は、煉獄をこう定義します。「神の恵みのうちにこの世を去ったが、小さな過ちから完全には自由でない者、あるいは自分の罪過に対する償いを果たしきっていない者のための、期限のある罰の場所または状態」。ここに出てくる「果たしきっていない償い」は、贖宥のところで出てきたあの残りです。生きているうちに済まなかった分を、死後に済ませる。そういう整理でした。語のほうも見ておきます。ラテン語 purgare は「清める」。その形容詞から、中世ラテン語で purgatorium という名詞が立ちます。名詞として現れるのは12世紀ごろだと語源辞典は書きます。「清める場所」を指す一語の名詞は、キリスト教が始まってから千年以上あとに作られたことになります。
では、何を根拠にしたのか。カトリック百科事典が挙げるのは三か所です。マカバイ記二12章43-45節——戦死者のために清めのささげ物をした、復活を期待していなければ死者のために祈るのは無意味だったろう、という記述。コリントの信徒への手紙一3章11-15節——手がけた仕事が焼けても「火の中をくぐるようにして救われる」。マタイによる福音書12章32節——聖霊に逆らう言葉は「この世でも、来るべき世でも赦されない」。最後の一節を、来るべき世で赦されるものもあるという意味に読む、という読み方です。どの箇所にも「煉獄」という語は出てきません。名詞が作られるより千年以上前の文章だからです。
なぜプロテスタントは受け継がなかったのか
外れ方が二段階でした。まず土台です。マカバイ記二は、プロテスタントの旧約正典に入っていません。1646年のウェストミンスター信仰告白第1章3節は「通常アポクリファと呼ばれる書物は、神の霊感によるものではないので聖書正典の一部ではなく、したがって神の教会において何の権威も持たない」と述べます。根拠に挙げられていた箇所の一つが、聖書の外に置かれたわけです。次に場所そのもの。同じ信仰告白の第32章1節は、義人の霊魂は天に、悪人の霊魂は地獄に、と述べたうえで「肉体を離れた霊魂のために、この二つの場所のほかを、聖書は認めていない」と続けます。中間はない、という宣言です。
一方で、カトリックの側が定めたことと定めなかったことも分けておきましょう。トリエント公会議は、煉獄があること、そこにいる霊魂が生者の祈りによって助けられることを定めました。しかし、その罰が火なのかどうかは定めていません。同じ公会議は司教たちに、難しく細かい問いを説教から外すよう求めています。日本語の国語辞典には「火によって罪の浄化を受ける場所」とありますが、これは絵として広まった像であって、教義として確定した中身ではありません。
教派による違い
- カトリック トリエント公会議で、煉獄があることと、そこの霊魂が生者の祈り、とくにミサによって助けられることが定められました。罰の性質については定めず、細かい議論は説教から外すよう求めています。死者のために祈るという実践のほうが先にあり、教義はそれを支える形で整理されました。
- 正教会 正教会は「煉獄」という語も、そういう状態も公式には受け入れてこなかった、と説明されます。ただし死者のために祈ることは古くから続いています。1439年のフィレンツェ公会議では、天国と地獄のほかに第三の場所があり、そこに文字どおりの火がある、という捉え方に正教会側が反対しました。死後に清めがあること自体は、多くの正教徒が受け入れているとも説明されます。
- プロテスタント ウェストミンスター信仰告白は、聖書が認めるのは天と地獄の二つだけだとしました。加えて、根拠とされたマカバイ記二を正典から外しています。つまり煉獄の否定は、死後の理解の話であると同時に、どの書物を聖書と呼ぶかという線引きの問題でもありました。
意味の変遷
- 古代ローマ purgare は「清める」。宗教専用の語ではない
- 12世紀ごろ 中世ラテン語で purgatorium という名詞が現れる。「清める場所」を指す一語ができる
- 13世紀に入るころ 英語に入る。死後に清めを受ける場所、という意味で
- 1439年 フィレンツェ公会議で、第三の場所と文字どおりの火という捉え方に、正教会側が反対する
- 16世紀の半ばごろ トリエント公会議が煉獄を定める。同じ世紀、プロテスタントの信仰告白は中間の場所を認めないと述べる
英語圏での使われ方
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It was purgatory.
出口の見えない、つらい時間だった
ズレ 英語では14世紀の終わりごろには、もう比喩の用法が現れています。特徴は「いつかは終わる」という含みが残っていること。地獄にたとえるのとは、そこが違います
日本語での使われ方
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煉獄のような日々
終わりの見えない、苦しい時期
ズレ 日本語でも比喩として使われますが、手元で確かめた国語辞典は宗教の語義しか立てていません。辞書の見出しに昇格する前の比喩、という段階です
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作品の題名や登場人物の名に選ばれる
重く、劇的な響きを持つ語として
ズレ 宗教の中身より語感のほうが使われている例です。「天国」「地獄」ほど日常語になりきらなかったぶん、特別な響きが残りました
よくある誤解
煉獄は、地獄の軽いバージョンだ
行き先が違います。煉獄にいるとされたのは、最終的に天国に入ることが決まっている人たちです
地獄は出られない場所として説明されてきました。煉獄は通過点です。だから「軽い地獄」ではなく、「天国の手前の待合室」と言ったほうが構図に近い。この違いがあるからこそ、生きている人の祈りや、贖宥や、ミサが意味を持ちました。出られない場所なら、助けようがありません。助けが届く相手だからこそ、死者のための祈りという実践が組み立てられたのです。
まとめ
- 天国と地獄のあいだに置かれた、出口のある場所。行き先は天国と決まっていて、清めが済んでいない人のための途中の状態と説明された
- 「清める場所」を指すラテン語の名詞が現れるのは12世紀ごろ。聖書には出てこない語で、複数の箇所の読み方をつないで組み立てられた
- プロテスタントが退けたのは、死後の理解だけでなく、根拠に使われたマカバイ記二を正典に入れるかどうかという線引きでもあった