スケープゴート すけーぷごーと
日常語になった神学
原語
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ヘブライ語 עֲזָאזֵל
azazel
立ち去る山羊(この読みには異説がある)
レビ記16章にしか出てこない語。「立ち去る山羊」と読む場合は ez(山羊)+ azal(去る)と分解する。ただし荒れ野の魔物の名とする説、険しい岩山とする説もあり、意味は定まっていない
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英語
scapegoat
逃げていく山羊
scape(escape の頭を落とした形)+ goat。16世紀前半のティンダルの英訳で作られたとされる。ラテン語訳の caper emissarius(送り出される山羊)と同じ読みに立つ
スケープゴートは、もともと2頭いた山羊の片方です。レビ記の贖罪の儀礼で、民の罪を頭に載せられ、荒れ野へ送り出されるほう。もう1頭は屠られますが、こちらは殺されません。
山羊は2頭いた
元の場面はレビ記16章、贖罪の日の儀礼です。まず山羊を2頭用意します。くじを引いて、1頭を「主のため」、もう1頭を「アザゼルのため」に割り振る(8節)。主のためと決まったほうは、罪の贖いとして屠られます(9節)。ここまでは、よくある犠牲の儀礼です。
変わっているのは、もう1頭の扱いです。祭司は生きている山羊の頭に両手を置き、民のあらゆる罪と背きを、その上で唱えます。そして罪を山羊の頭に載せ、係の者に引かせて荒れ野へ送り出す(21節)。山羊は罪を背負ったまま、人の住まない地へそれを運んでいく(22節)。屠って捧げる装置ではなく、載せて外へ運び出す装置です。
「アザゼル」が何なのか、決まっていない
この儀礼の鍵になる語が azazel です。ところが、意味が定まっていません。1906年の『ユダヤ百科事典』は複数の読みを並べています。ラビの文献は「険しく荒い岩山」、つまり山羊を落とした崖の名と解しました。近代以降の研究では、荒れ野に住む山羊の姿をした魔物の一種と見る読みが広く採られてきた、と同書は述べています。荒廃と滅びの霊のもとへ罪を送り返す象徴だ、という説明も挙げられています。
英語 scapegoat が生まれる
英語の scapegoat は、16世紀の前半、ティンダルが五書を英訳したときに作った語だとされています。作りは単純で、scape(escape の頭を落とした形)+ goat、つまり「逃げていく山羊」。17世紀の欽定訳がこれを引き継ぎ、英語に定着しました。そして今も、現代の英訳聖書はここで割れています。「Azazel」とそのまま音写する訳(ESVなど)と、「scapegoat」と訳す訳(欽定訳・NIVなど)。500年前の判断の分岐が、そのまま残っているわけです。
意味の変遷
- 古代イスラエル レビ記16章の贖罪の日の儀礼。2頭の山羊のうち1頭は屠られ、もう1頭は民の罪を載せられて荒れ野へ送り出される
- のちの時代 『ユダヤ百科事典』は、送り出された山羊を荒れ野の崖から突き落とす習慣を伝える。聖書の文面にはない扱い
- 4〜5世紀ごろ ラテン語訳が caper emissarius(送り出される山羊)と訳す。「立ち去る山羊」という読みが西方に定着していく
- 16世紀の前半 ティンダルの英訳で scapegoat という語が作られたとされる。ルターも「解き放たれる山羊」と訳しており、同じ読みに立っている
- 19世紀の前半 英語で「他人の過ちの責めを負わされる人」という比喩の用法が現れる
英語圏での使われ方
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make someone a scapegoat(誰かを身代わりに仕立てる)
他人の失敗や集団の不満の責めを、一人に負わせること
ズレ 19世紀の前半から見られる比喩です。決定的に違うのは、罰があるかどうか。レビ記の山羊は罰として殺されるのではなく、荷を載せられて外へ出されます。今の用法では、身代わりは責められ、罰を受ける側です
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scapegoating(心理学・組織論の文脈で)
集団の緊張や不満を特定の一人に集めることで、集団のほうが安定してしまう働き
ズレ 機能はよく似ています。共同体の外へ重荷を運び出す、という構図はそのままです。違うのは手続きのほう。儀礼は決まりごととして公然と行われましたが、この用法が指す現象は、たいてい誰もそう名づけないまま進みます
日本語での使われ方
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「スケープゴートにされた」
組織の失敗の責任を押しつけられた人
ズレ 日本語では「切り捨てられる」側面が前に出ます。原義の装置は「罪を載せて外へ運び出す」ことで、山羊は運び手でした。近い言い回しとしては「トカゲの尻尾切り」が使われます
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「スケープゴート=生贄」という言い換え
犠牲にされた人
ズレ レビ記の記述では、荒れ野へ送られる山羊は屠られません。屠られるのはもう1頭のほうです。「生贄」と言い換えてしまうと、2頭を分けたことに意味があった、という儀礼の要点が消えます
まとめ
- レビ記16章の儀礼で、山羊は2頭。1頭は屠られ、もう1頭は民の罪を載せられて荒れ野へ送り出される。送り出されるほうは、聖書の記述では殺されない
- 鍵の語 azazel の意味は定まっていない。魔物の名・崖の名・「立ち去る山羊」など複数の読みがあり、英語 scapegoat は最後の読みの上に立っている
- 英語の語形は16世紀前半のティンダル訳で作られたとされる。現代の英訳聖書も「Azazel」と「scapegoat」に割れたままになっている