殉教者 じゅんきょうしゃ
日常語になった神学
原語
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古典ギリシア語 μάρτυς
martys → martyr
証人。自分が見聞きしたことを証言する人
属格は martyros、証言することは martyria。もとは法廷で使う語で、要件は「その場にいて見たこと」。ラテン語 martyr を経て英語へ入った
「殉教者」の原語 martys は、「証人」です。裁判で「私はそれを見ました」と述べる、あの証人。死ぬことは、もともと条件に入っていませんでした。
もとは、法廷のことば
martys の直訳は「証人」です。法廷で使う語でした。ある出来事の場に居合わせ、自分が見たことを述べる人。証言することは martyria といいます。ここで大事なのは、この語の要件が「見たこと」だという点です。どれだけ苦しんだかも、どう死んだかも、語の意味には入っていません。
新約聖書の用例を見ると、それがはっきりします。使徒言行録1章8節は「あなたがたは……わたしの証人となる」と言います。この「証人」が martyres です。弟子たちが証人と呼ばれるのは、彼らがイエスを実際に見たからで、これから死ぬからではありません。この時点の語は、まだ完全に法廷の語のままです。
ところが同じ使徒言行録の22章20節では、殺されたステファノが「あなたの martys」と呼ばれます。同じ語です。おもしろいのは英訳が割れていること。17世紀の欽定訳はここを martyr(殉教者)と訳し、現代の多くの訳は witness(証人)と訳しています。訳者が二つに分かれるということは、この語がまだ二つの意味に割れきっていない、ちょうどその継ぎ目だということです。
いつ「死ぬこと」が条件になったのか
順序を間違えないでください。死んだから証人になったのではありません。証言をやめなかった結果として殺された、という順序です。『カトリック百科事典』は、使徒たちが生きているうちに、この語が「いつ証言の撤回を死の脅しとともに迫られてもおかしくない証人」という意味で使われるようになった、と説明しています。危険が、語のほうに染み込んでいったわけです。
2世紀に入ると、称号として使われはじめます。最も早い殉教の記録の一つとされる『ポリュカルポスの殉教』は、2世紀の半ばごろの文書です。ここでは、信仰のために死ぬことがこの語と結びついた形で語られています。
決め手は、生き延びた人をどう呼ぶかでした。捕らえられ、拷問を受け、それでも信仰を撤回せず、しかし死ななかった人たち。彼らは「証聖者(confessor=告白した人)」と呼ばれ、殉教者とは区別されるようになります。『カトリック百科事典』が伝えるガリアのリヨンの例では、生き延びた側が自分から称号を辞退しました。すでに取り上げられた人たちこそ殉教者であって、自分たちは取るに足りない証聖者にすぎない、と。ここで線が引かれた。死が、条件になった瞬間です。
意味の変遷
- 古代ギリシア martys は法廷の語。自分が見聞きしたことを証言する人を指す。死とは関係がない
- 1世紀 使徒言行録が弟子たちを「わたしの証人(martyres)」と呼ぶ(1章8節)。同じ書が、殺されたステファノにも同じ語を使う(22章20節)
- 2世紀の半ばごろ 『ポリュカルポスの殉教』が書かれる。最も早い殉教の記録の一つで、この語が称号として使われている
- 2世紀のうちに 死んだ者を「殉教者」、苦しんだが生き延びた者を「証聖者」と呼び分ける区別が現れる。リヨンでは、生き延びた側が殉教者の称号を辞退したと伝えられる
- 14〜16世紀ごろ 英語で意味が広がる。14世紀の終わりごろには宗教以外の信念のために倒れた人へ、16世紀の半ばごろには不運や病に苦しみ続ける人へも使われるようになる
今の使われ方と、そのズレ
今の使われ方
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「表現の自由の殉教者」のような言い方
ある信念のために倒れた人
ズレ 宗教以外の信念にも使う用法は、英語では14世紀の終わりごろから見られます。原義の「見たことを証言する」という核はここで抜け落ち、「何かのために倒れた」という部分だけが残りました
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「殉教者気取り」「playing the martyr」
自分の我慢や犠牲を、ことさら周囲に見せる人への皮肉
ズレ 焦点が完全に入れ替わった例です。原義では証言の中身が問題でしたが、ここで見られているのは苦しんでいる姿のほう。しかも皮肉として使われます
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「martyr complex(殉教者コンプレックス)」
自己犠牲を過剰に求める心の傾き
ズレ 英語では20世紀の初めごろから使われている言い方です。証言も信仰も残っていません。残ったのは「進んで犠牲になる」という身ぶりだけです
まとめ
- 直訳は「証人」。もとは法廷の語で、要件は「その場にいて見たこと」。死ぬことは条件に入っていなかった
- 使徒言行録は弟子たちにもステファノにも同じ語を使う。欽定訳と現代訳で「殉教者」「証人」に訳し分かれる継ぎ目がここにある
- 2世紀に、生き延びた人を「証聖者」と呼び分けたことで、死が条件になった。語は広がったのではなく狭まった