十字軍 じゅうじぐん
日常語になった神学
原語
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ラテン語
crux
十字架
英語の cross もここから。この語から中世ラテン語 cruciata が作られた
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ラテン語
cruciata
十字の印を付けられたもの
中世ラテン語の動詞 cruciare(十字の印を付ける)の分詞形。参加者が服の上に布の十字を縫い付けた、その記章に由来する。スペイン語 cruzada・フランス語 croisade を経て英語 crusade へ
「十字軍」は、当時の人が使っていた呼び名ではありません。同時代の記録に出てくるのは「道」「旅」「巡礼」「遠征」といった語です。英語の crusade にいたっては、最初の遠征から600年ほど後にできた形でした。
当時、誰も「十字軍」とは呼んでいない
まず語の作り。もとは中世ラテン語の cruciata で、直訳は「十字の印を付けられたもの」です。ラテン語 crux(十字架)から来ています。なぜ「印」なのか。参加を誓った人が、服の上に布で作った十字を縫い付けたからです。『カトリック百科事典』は、この語がその記章に由来すると説明しています。つまり原義は、戦いでも聖地でもなく、服に付けた目印のことでした。
では当時は何と呼んでいたのか。1095年のクレルモンの教会会議でウルバヌス2世が行った演説は、複数の年代記に別々の形で残っています。それらを読むと、使われている語は「道」「旅」「巡礼」「遠征」です。「十字軍」に当たる一語は出てきません。『カトリック百科事典』も、中世の書き手は crux・croisement・croiserie といった語を使ったと述べています。呼び名が定まっていなかったわけです。
英語の crusade はさらに遅れます。フランス語 croisade から入った croisade という形が英語に現れるのが16世紀の後半、今の綴りが定着するのは18世紀の初めごろ。最初の遠征から600年ほど経っています。「十字軍」という枠組みは、出来事そのものより、あとから振り返って名前を付けた側の産物です。日本語の「十字軍」も、この近代ヨーロッパ語からの訳語にあたります。
何が起きたのか
1099年、遠征軍はエルサレムを占領します。このとき何が起きたか。『カトリック百科事典』は、市内に入った軍が「年齢や性別を問わず住民を殺した」と書いています。カトリック自身が編んだ事典の記述です。ここを柔らかい言い方に置き換える理由はありません。起きたことは、これです。
1204年には、第4回の遠征軍がコンスタンティノープルを攻め落とします。イスラームの都市ではありません。東方正教会(正教会)の中心都市です。同時代の歴史家ニケタス・コニアテスは、大聖堂の祭壇が砕かれて兵士に分配されたこと、聖遺物の容器が奪われて中身が抜き取られたことを記録しました。キリスト教の都市が、キリスト教徒の軍に略奪されたわけです。
相手がムスリムとは限らない例は、ほかにもあります。1209年、南フランスのアルビジョワ派に対する十字軍が布告されました。相手はキリスト教徒です。参加者には贖宥(免償)のほか、世俗の裁判を免れるなどの特権も与えられた、と『カトリック百科事典』は記しています。「異教徒との戦い」という一言では、この語が指してきた範囲を捉えきれません。
意味の変遷
- 1095年 クレルモンの教会会議でウルバヌス2世が呼びかける。残された演説の異本が使う語は「道」「旅」「巡礼」「遠征」で、「十字軍」に当たる語はない
- 1099年 エルサレム占領。『カトリック百科事典』は、市内に入った軍が年齢や性別を問わず住民を殺した、と記す
- 1204年 第4回の遠征軍がコンスタンティノープルを陥落させ、教会や宮殿の略奪が始まる。襲われたのはキリスト教の都市だった
- 1209年 南フランスのアルビジョワ派に対する十字軍が布告される。相手はムスリムではなくキリスト教徒
- 16〜18世紀ごろ フランス語 croisade を経て、英語に crusade の形が定着する。18世紀の終わりごろには「社会悪をなくす運動」という比喩の用法が現れる
英語圏での使われ方
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a crusade against drunk driving(飲酒運転撲滅運動)
ある社会悪をなくすための、熱のこもった運動
ズレ 18世紀の終わりごろに現れた比喩です。宗教も戦闘も残っていませんが、「絶対に正しい側が悪を根絶する」という構図だけが残りました。日常の語なので、話し手はふつう歴史を思い出していません
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a crusading journalist(不正を追及する記者)
信念をもって悪を追及する人。ほめ言葉として使う
ズレ 原義は「十字の印を付けられた者」、つまり印を付けられる側でした。今は自分で選んで戦う人という、能動の意味に反転しています
日本語での使われ方
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「十字軍」
11〜13世紀の遠征を指す歴史用語
ズレ 英語 crusade が持つ「撲滅運動」の日常用法は、日本語の「十字軍」にはほとんど入っていません。英語の crusade をそのまま「十字軍」と訳すと、原文より重く、大げさになります
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「クルセイダー」(作品名・チーム名などのカタカナ語)
勇ましい戦士というイメージ
ズレ 原義は「十字の印を付けられた者」で、強さの語ではありません。指していたのは、誓いを立てて目印を付けた、という手続きのほうでした
まとめ
- 直訳は「十字の印を付けられたもの」。服に縫い付けた布の十字という記章に由来する
- 同時代の呼び名ではない。1095年の演説の記録が使うのは「道」「旅」「巡礼」「遠征」で、英語 crusade の定着は18世紀の初めごろ
- 現代英語では「撲滅運動」という日常語。宗教も戦闘も抜け、「正しい側が悪を根絶する」という構図だけが残っている