オーソドックス おーそどっくす
日常語になった神学
原語
-
古典ギリシア語 ὀρθόδοξος
orthodoxos
正しい考えを持つ。あるいは、正しく栄光を帰する
orthos(まっすぐな・正しい)+ doxa。doxa の読み方しだいで、意味が二通りに分かれる
-
古典ギリシア語 δόξα
doxa
思われていること=考え・評判。のちに栄光・讃美
dokein(〜と思われる)から。七十人訳がヘブライ語 kavod(重さ・栄光)をこの語で訳したため、キリスト教のギリシア語では「栄光」の意味も持つようになった
-
その他の言語
pravoslavie
正しい讃え方
教会スラヴ語。pravo(正しい)+ slava(栄光・讃美)。ギリシア語 orthodoxos を「正しい讃美」と読んで訳したもの
「オーソドックス」は「正しい doxa」です。ただし doxa には「考え」と「讃美」の両方の意味があり、どちらで読むかで、「正しい教え」にも「正しい讃え方」にもなります。日本語の「無難な」という意味は、ずっと後の転用です。
「正しい」何なのか
orthos は「まっすぐな・正しい」。正書法(orthography)も歯列矯正(orthodontics)も、同じ orthos です。問題は後半の doxa のほう。「〜と思われる」という動詞から出た名詞で、もとの意味は「思われていること」、つまり考えであり評判でした。ところが前3〜前2世紀の七十人訳(ヘブライ語聖書のギリシア語訳)で、この doxa が「重さ・栄光」を意味するヘブライ語 kavod の訳語に選ばれます。以後キリスト教のギリシア語では、doxa は「栄光」も指すようになりました。讃美の歌を指す「ドクソロジー(頌栄)」は、この doxa からできた語です。
だから orthodoxos は、二通りに読めます。「正しい考えを持つ」=正しい教え。あるいは「正しく栄光を帰する」=正しい讃え方。西欧の言葉では、ふつう前者で理解されてきました。一方、教会スラヴ語はこの語を pravoslavie と訳します。pravo(正しい)と slava(栄光・讃美)——後者の読みを採ったわけです。ロシア語やセルビア語で正教会を指す語は、今もこの形です。
名乗った側と、名指しされた側
教会の名前としての「正教(オーソドックス)」は、東方の諸教会の自称です。日本語では「正教会」と呼び、日本の教会は「日本ハリストス正教会」と名乗ります。ただし、この形容詞を名乗る教会は一つではありません。451年のカルケドン公会議の決議を受け入れなかった諸教会——コプト、シリア、アルメニア、エチオピアなど——も、「オリエンタル・オーソドックス」として同じ語を使っています。
ユダヤ教の「正統派(オーソドックス)」は、由来がまったく違います。18世紀の末から19世紀の初めにかけて、ドイツ語圏で改革を進める側が、伝統的な実践を変えない人々を指してこの語を使い始めました。もとは非難を含む他称です。ところが名指しされた側がやがてこれを引き受け、今では自称として定着しています。悪口が名乗りに変わった例です。
教派による違い
- 正教会 正教会は、古代教会の信仰と礼拝をそのまま保ってきたと説明します。教えと讃美を切り離さない理解を重んじ、スラヴ語の pravoslavie(正しい讃美)がそれを表していると受け取ってきました。全地公会議は第7回までを認める、という線の引き方をします。
- その他 カルケドン公会議(451年)を受け入れなかった諸教会も「オーソドックス」を名乗ります。認める公会議は最初の3回まで。20世紀の対話では、キリスト論の中身は共通していて用語が違うだけだ、という認識が双方から示されました。
- カトリック カトリックは、正統(オーソドクシー)を教会の教導職が保証するものとして説明してきました。ただし教派の名乗りには「オーソドックス」を使わず、「カトリック(全体にわたる)」のほうを選んでいます。
- ユダヤ教 ユダヤ教の正統派は、トーラーとハラハーを神から与えられた拘束力あるものとして守る立場を指します。この呼び名はもともと外から付けられたもので、19世紀の改革の動きに対する反応として、まとまった形を取りました。
意味の変遷
- 古代ギリシア doxa は「思われていること」=考え・評判。orthos(正しい)と合わせて「正しい考えを持つ」
- 前3〜前2世紀ごろ 七十人訳が doxa をヘブライ語 kavod(栄光)の訳語に使う。「栄光」の意味が加わる
- 古代から中世 教会の語として定着。西方では「正しい教え」として理解される一方、教会スラヴ語は pravoslavie(正しい讃美)と訳す
- 18世紀末〜19世紀初め ドイツ語圏で、改革の側が伝統的なユダヤ教徒を「オーソドックス」と呼び始める。のちに自称になる
- 現代 日常語では宗教から離れ、「型どおりの・無難な」を指すようになる
日本語での使われ方
-
「オーソドックスな戦法」
定石どおりで、奇をてらわないやり方
ズレ 「正しい」ではなく「よくある」に近づいている。正しさの主張が抜けて、多数派かどうかの話になった
-
「オーソドックスすぎて面白みがない」
平凡だ、という軽い否定
ズレ 原語に否定の含みは一切ない。日本語では、ほめ言葉としても軽いけなし言葉としても使える
-
「正教会」「ユダヤ教正統派」
教派の名前
ズレ 同じ orthodox を、日本語は「オーソドックス」と「正教・正統」に訳し分けた。日常語になったのはカタカナのほうだけ
英語圏での使われ方
-
an orthodox approach
標準的で、広く認められたやり方
ズレ 宗教から離れて「標準的な」を指す点は日本語と同じ。orthodox economics(主流派経済学)のように、学問上の立場を指す用法もある
-
unorthodox
型破りな。ほめ言葉としても使う
ズレ 英語では否定形のほうが日常でよく使われる。日本語には「アンオーソドックス」の形はあまり入らなかった
よくある誤解
「オーソドックス」と「カトリック」は、どちらが正しいかを言い合っている名前だ
どちらも、もとは形容詞です。片方は「正しい」、もう片方は「全体にわたる」。教派の名前になったのは後のことです
分裂したあとで、どちらの側も相手を否定する形の名前は選びませんでした。東方は「正しい」を、西方は「全体の」を名乗った。名乗りの語を見ると、その集団が自分の何を大事だと思っているかが分かります。教えと讃美の正しさか、広がりの全体性か。どちらの語も、相手を名指しで批判する語ではありません。
まとめ
- orthos(正しい)+ doxa。doxa には「考え」と「栄光・讃美」の両方の意味があり、「正しい教え」とも「正しい讃え方」とも読める
- 教会スラヴ語訳の pravoslavie は「正しい讃美」の側を採った。オーソドックスを名乗る教会は一つではなく、カルケドン公会議を受け入れなかった諸教会も同じ語を使う
- ユダヤ教の正統派は、19世紀に改革の側から付けられた他称が、のちに自称になったもの