プロパガンダ ぷろぱがんだ
日常語になった神学
原語
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ラテン語
propaganda
広められるべきもの
動詞 propagare(広める)の動形容詞。de propaganda fide で「広められるべき信仰について」
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ラテン語
propagare
取り木で殖やす。広げる
pro-(前へ)+ pagare(挿し木する・植えつける)。名詞 propago は取り木・挿し穂のこと
「プロパガンダ」は、もともと「広めること」という作業の名前でした。1622年にローマ教皇庁が置いた布教担当部署の名称の一部で、良し悪しの含みはありません。この中立語が悪口になるのは、第一次世界大戦のあとです。
1622年、ローマにできた部署の名前
1622年1月6日、教皇グレゴリウス15世が枢機卿らを集め、布教を担う常設の部署を作ると表明します。同年6月22日の教皇勅書 Inscrutabili Divinae Providentiae で正式に発足しました。名称は Congregatio de Propaganda Fide。日本語では布教聖省と訳されます。
この Propaganda は、ラテン語の動詞 propagare(広める)から作られた形で、「広められるべき」という意味。de propaganda fide 全体で「広められるべき信仰について」となります。単独で名詞のように使われるようになったのは、長い部署名を縮めて呼んだ結果です。
その propagare は、もともと農業の語でした。枝を土に埋めて根を出させ、株を殖やす。取り木のことです。植物を殖やす動作の名前が、信仰を広げる仕事の名前になり、それが今の「情報を流す」まで続いています。
中立語が悪語になるまで
英語に入るのは18世紀の初めです。1718年ごろの用例が指しているのは、このローマの委員会そのもの。1790年ごろには「何かを広めるための組織や運動」一般へ広がります。ここまで、まだ非難の語ではありません。
変わり目は第一次世界大戦です。イギリスは1914年にウェリントン・ハウスと呼ばれる宣伝部局を置き、作家や詩人を集めました。アメリカは1917年に広報委員会(通称クリール委員会)を設置します。
戦後、戦時中に流された残虐行為の話にかなりの作り話が混じっていたことが指摘されます。自国の政府に情報を操作されていた、という受け止めが広がり、語の評判が決まりました。1928年にはエドワード・バーネイズが『Propaganda』を出し、この語を職業上の技術として正面から論じています。
意味の変遷
- 1622年 グレゴリウス15世が布教聖省を設置。名称の一部が propaganda(広められるべき)
- 1718年ごろ 英語に入る。指しているのはローマのこの委員会
- 1790年ごろ 「何かを広めるための組織や運動」一般へ拡大。まだ中立語
- 1914〜18年 各国が宣伝部局を設置。この時点では、政府が自分の仕事を呼ぶための業務名
- 第一次世界大戦後 戦時宣伝への不信が広がり、非難の響きを帯びていく
今の使われ方
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あれはプロパガンダだ
事実をゆがめて都合よく信じ込ませようとする宣伝
ズレ 原義に「ゆがめる」「だます」の要素はない。広めるという作業の名前でしかなかった。嘘の含みは20世紀に付いたもの
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プロパガンダ映画
特定の主張を刷り込むために作られた映画
ズレ 第一次大戦期には、各国の政府機関が自分の仕事をこの語で呼んでいた。名乗る語だったものが、今は他人に貼るレッテルになっている
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宣伝ではなくプロパガンダだ
「宣伝」は商品にも使うが、「プロパガンダ」は政治的で悪質なもの、という語感の使い分け
ズレ 日本語のカタカナ語は、悪い意味のほうだけを取り込んだ形。訳語の「宣伝」のほうが、もとの中立さに近い
よくある誤解
プロパガンダとは、嘘をつくことだ
語そのものに嘘という意味はありません。指しているのは「広める」という作業だけです
だから語としては「正しいことのプロパガンダ」も成り立ちます。嘘の含みは、第一次大戦の経験があとから語に付けたもの。何が広められているかは、語の外側で毎回確かめるしかありません。
まとめ
- 語源は1622年設立のローマ教皇庁の部署名。ラテン語で「広められるべき信仰について」
- もとになった propagare は農業の語で、取り木で株を殖やすこと。良し悪しの評価は入っていない
- 悪い意味が付いたのは第一次世界大戦のあと。戦時宣伝への不信が、300年使われてきた中立語を非難の語に変えた